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2010年12月09日

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米ドルの衰退

作為的に続く円高ドル安傾向。
もちろんユーロやそれ以外の通貨に対してもドル安の攻勢が続いています。
米の輸出を少しでも向上させる狙いがありますが、皆さんもご存知のとおりアメリカの金融政策の失政で引き起こした莫大な財政赤字も原因です。
アメリカ経済を長い年月支えてきた経済構造ですが、何度かブログに書いてきた経済学者のケインズが構想した、第二次世界大戦後の国際通貨体制として採用されました。俗に言うブレトンウッズ体制です。

ブレトンウッズ体制をウィキペディアで検索すると。
国際通貨基金(IMF)、国際復興開発銀行(IBRD)の設立を決定したこれらの組織を中心とする体制である。この協定は1929年の世界大恐慌により1930年代に各国がブロック経済圏をつくって世界大戦をまねいた反省によっているだけでなく、第二次世界大戦で疲弊・混乱した世界経済を安定化させる目的があった。そのため具体的には国際的協力による通貨価値の安定、貿易振興、開発途上国の開発を行い自由で多角的な世界貿易体制をつくるため為替相場の安定が計られた。
そのため金1オンスを35USドルと定め、そのドルに対し各国通貨の交換比率を定めた(金本位制)。この固定相場制のもとで、日本円は1ドル=360円に固定された。
この体制下で西側諸国は、史上類を見ない高度成長を実現。特に、日本は1950年代から1970年代初めにかけて高度経済成長を実現し「東洋の奇跡」とよばれた。安定した自由貿易の利益が先進工業国全体の経済を改善した。


これ以前はアダムスミスが提唱した自由経済が主流でしたが、ブレトンウッズ協定の後には統制の取れた経済が主流となりましす。上記にあるような金本位制です。アメリカは金の輸入量に対して米ドルを印刷するイメージです。
これが崩壊するのが、1971年のニクソンショックです。これはベトナム戦争で嵩んだ出費で財政赤字と化したアメリカが実施した政策です。その後
1973年に変動相場制が導入されるのですが、これくらいから実は米財政の空洞化はスタートしたのではないでしょうか。80年代にはイギリス発祥の金融ビックバン(銀行業務の自由化)がスタートして、いわゆるデリバティブ(金融派生商品)が横行しだします。これまでの世界銀行をアメリカやヨーロッパ諸国が交互に抑えながら世界通貨を支配していく体制で、アメリカのポジションは揺ぎ無きものになっていました。米ドルの価値が上がる中、工業輸出国というポジションは次第に薄れ、米国内に
還流するドル紙幣は、デリバティブと呼ばれる金融工学によって生み出された余剰金に変化しだしました。明らかに産業の空洞化です。リーマンショックとその後の世界金融危機で、アメリカの金融業者と自動車産業が大ダメージになったのは皆さんの記憶に新しいと思います。それが証拠でしょう。こんな背景から今後米ドルの国際基軸通貨としての価値は格段に下がっていくと考えています。一部地域では米ドル外での決済もおこなわれている例もあります。
そして日本も膨大な米の国債を保有していましたが、中国がこれを抜いて米国債保有1位になりました。そして通貨価値を落とした米ドルのお陰で円高は加速し、そして円国債が中国に買われだしています。恐らく外国での円債の最大保有国は今は中国でしょう。日本がこれだけ国債を発行していてもギリシャ危機のように経済が破綻しない理由の1つは国債が国内で完結していたこともあるのです。そしてもうひとつは国債発行額の2倍の個人資産が国内にあること。ですがこのバランスももうそろそろ終焉でしょうね。さてさてどうなることなのか。。。
国債の発行者の対象として中国がウエイトを上げれば、対米関係の継続を続ける日本にとっては、ますますやり辛い外交になるんですがね。まずは国債の発行を速やかに減少させて、これ以上個人資産に対する国債の割合を増加させない事が日本の独自路線を主張する手段でもあるのです。

個人的主観と駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

紺野昌彦



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Posted by cyborg-z at 22:46│Comments(0)金融関係
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